原爆投下に関する一考察

 歴史とは、何か?それは過去の遺物ではなく、過去、現代、そして未来へと民族のつな
がりを深める遺産である。東京裁判以降、アメリカの洗脳を受け、日本の全否定からの歴
史が始まりその結果、自虐史観が強まり自国に自身の持てない者が増えて続けた。
 歴史は国によって、その見方が異なる。日本はアメリカからの歴史を受け入れさせられ
て、それに気が付かない日本人が多数いる。普通は、自国の歴史は自分達で創る。
 日本の教科書では、戦勝国の意図や思惑、責任には触れず、パールハーバーの奇跡だの
自国を貶めるような記述が目立つ。日本分と戦うため前進する中国軍、と言った記述や、
8月15日の記述には韓国の様子を伝えている。一体、どこの国の教科書であるか。
 このようなことになってしまったのは、ひとつに、サンフランシスコ講和条約が発効さ
れた昭和27年4月28日に主権が回復されたことを意識しなかったからではないか。主
権の回復を意識しなかったが故に、占領中の属領根性から脱却できずに奴隷の処世術が習
いこととなる。
 子供の人格、精神形成上、大事な影響を及ぼす時期にこの様な歴史教育は疑問である。
 そこでまず言いたいのが、東京大空襲、原爆投下におけるアメリカの人道に対する罪で
ある。原爆投下に至っては、ナチスの民族浄化と同じく戦争犯罪ですらない。ナチスを糾
弾すると同じように、アメリカを糾弾するべきである。
 そこでまず、無差別爆撃とそれに附随する東京大空襲について述べたい。
 その目的は生産拠点や都市への爆撃により戦力を絶ち、大量の市民を虐殺し、戦意を挫
くことだった。これは、すべての人間が戦争に巻き込まれることを意味し、前線と本国の
差がなくなるということである。
 カーチス・ルメイという人物がいる。東京大空襲の司令官で、日本全土に焼夷弾を撒き
散らした男である。日本の住宅は木造で密集していることから燃えやすく、焼夷弾に対し
て弱いことが明らかにされるとルメイは、一般庶民皆殺しの無差別爆弾を実行する。また、
ルメイによる東京大空襲は夜間の0時をまわった頃、東西5キロ、南北6キロの範囲を焼
夷弾で逃げられたいように取り囲み、人々の退路を立ってそこに2000トンもの焼夷弾
を2時間半にわたり落とし続けるのだった。また、焼夷弾は消火が困難に設計されるとこ
ろにもアメリカの非人道ぶりがうかがえる。
 空襲による被害は206都市におよび、94の都市が焼き払われた。死者90万人、負
傷者130万人、その大部分が非戦闘員であった。これに対するアメリカの見解は、爆撃
は軍事目標に向けられたことを強調し無差別爆撃は意図していたいという。それはどうい
う意味かというと、こうである。すべての住民が飛行機や軍需品をつくる作業を持ってい
た。つまり、民家も含めて都市全体が軍需工場であり、女、子供、老人もすべての戦闘員
である。
 アメリカの非人道ぶりとして浜松市の例がある。浜松市への爆弾投下は3000トンを
超え、計画達成率は162%あった。計画達成率とは、破壊を計画した面積に対する、実
際に破壊された面積に比率である。何故浜松市にこれほど爆撃が多かったかというと、本
土進入の際の出入口に近かったため、余った爆弾や都合の悪くなった爆弾の処理場として
利用されていたからである。
 日本全土が空襲に見舞われる中、その被害を受けない都市があった。京都、広島、横浜、
小倉、新潟、長崎がそれである。しかし、これらの都市の空襲を受けなかったのは原爆投
下の候補地であったが故であった。京都は人口100万の工業都市で、知的中心地であり
原爆の意義を理解するであろうから。広島は陸軍の重要補給基地があったから。新潟は工
場疎開の潜在的な受け皿であったから。長崎については急遽、投下の目標に加えられたの
である。
 原爆投下の候補地であったこれらの都市を無傷で残しておいたのは原爆実験の威力を正
確に測るためだった。しかし、そんことは知る由もないこれらの都市では、それぞれの噂
が広がった。横浜は開国からの港町として以前からアメリカとの密接に関わっていたこと
を根拠に、長崎は江戸時代からの港町として諸外国と関係があったことを根拠に、広島は
アメリカの移民が多かったことを根拠に、京都は文化財があることを根拠に、空襲されな
い噂が広がった。これらの噂は人々の心の支えとなっていた。
 しかし、横浜が候補地から外され空襲を受け、広島、結果として長崎に原爆が落とされ
たことにより京都の噂が残り、2つの伝説が生まれたのである。
 1つは、ウォーナー伝説である。日本の古文化の愛好家であり名家であるウォーナーは、
政府に影響のある人物に違いないという思い込みの上、京都が無傷であった事実が重なり、
京都や古都を救ったのはウォーナー博士であるという噂が生まれる。この噂を計画的陰謀
により事実として断定したのがGHQで、朝日新聞が流布した。
 確かにウォーナーは、ウォーナーリストという日本の文化財に関するリストを作成して
いる。このリストにより京都は救われたとされているが、ウォーナーリスト作成の目的は
略奪された文化財の保護、変換にあった。つまり、ウォーナーリストは略奪文化財返還の
資料にすぎず、空襲を逃れたこととは関係がない。事実、リストに掲載された城の内、半
数は灰になっている。
 全国に無数あるウォーナー記念碑の鎌倉の日には『文化は、戦争に優先する。』と刻ま
れている。しかし、アメリカ側の指令は、軍事的必要性よりも優先するものは何もない、
というものであった。
 もう1つ、スチムソン恩人説である。陸軍長官だったスチムソンが京都に落とすのを反
対したため、この恩人説が生まれたのであるが、スチムソンも恩人とは言い難い。何故な
ら、京都は原爆投下の目標としてスチムソンのもとで決定されていた。また、スチムソン
は原爆の事前警告案を取り払った人物である。警告をして、原爆が失敗したらみっともな
いというのがその理由である。
 スチムソンは、何故京都の投下に反対したのか。それは、京都に投下した場合、日本の
それに対する反発は相当なもので、戦後、日本がアメリカに同調せず、ソ連に味方するよ
うになることを懸念してのことであり、文化財自体のことは考えられていなかった。京都
の除外は政治的理由によるもので、文化財保護説は戦後、アメリカ内外から出た原爆の批
判に対する、戦争中にもかかわらず、文化保護を考慮したという弁明から生まれた。
 ヒトラーは虐殺を楽しんだとされている。米にもその心理はあり、米にとって勝とう民
族である日本人の虐殺を楽しんでいたのではないだろうか。そんん、生命を軽んじる白人
が文化財などを守るだろうか。
 また、京都は1発目、2発目の原爆こそ逃れたものの、常に3発目以降の目標として狙
われ続けたのである。それは、受皿状に広がっている土地柄、原爆実験には理想的であっ
たが故である。
 京都は原爆実験の結果を見るため爆撃禁止状態だっただけで、最後まで狙われ続けたた
め空襲を逃れたと言う結果が出たに過ぎない。空襲の嵐で日の海となるか、原爆で跡形も
無くなるか、どちらかの選択だっただけで、京都は原爆が落ちる前に終戦を迎えることが
出来たのである。ウォーナーは資料を作ったに過ぎず、スチムソンは戦後の世界情勢を懸
念しただけで文化財のことは触れていない。京都をすくったのは2人ではなく原爆が京都
を救ったのである。
 次に国家プロジェクトとして開発に20億ドルをかけた原爆を落とす他がないアメリカ
の行動をみる。
 当時。日本はソ連が参戦すれば幸福する状態だった。アメリカはそれが分かっていなが
らソ連参戦の前に原爆投下を決定する。また、日本の戦争終結は天皇制保持なくしてはあ
り得ないものであったためポツダム宣言では、天皇制保持の条項を認めていた。しかし、
原爆実験の成功を知ると、これを削除する。つまり、原爆投下以前に戦争が終わってしま
っては困るあらである。アメリカは原爆を落としたかった。それは、ソ連に対する威嚇の
ためにも白人至上主義のため黄色人種の上に莫大な金のかかった新兵器実験をしたかった
のではないだろうか。
 原爆投下は戦争を短縮したという。それは、より早く勝利出来ればそれだけ被害をこう
むる人が少なくなるからだ。そして、本土上陸で戦死するだろう米人と日本人の生命を救
ったというのである。
 しかし、アメリカ人の反日感情は相当なもので、メディアの操作もあり日本人への憎悪
は膨らみ、人として見られていなかったほどである。
 アメリカは、戦争中なら起こるであろう軽微な事件やとるに足らない事件を、しかもそ
の被害が他国の場合でも感情をあらわにし、日本に対する復讐心を募らせ、差別意識も伴
い、日本人を人間以下と見、空襲、原爆に何らつみの意識を覚えず正当化し、方便を撒き
散らす。
 無差別爆撃と原爆、これらは自らの手を汚す戦争のあらゆる倫理的制約を排除した。
 アメリカは、第2次世界大戦を正義と人道を名目に戦ったという。東京裁判では、原爆
を落としたアメリカが、正義と人道の名目で日本を裁いた。そして、正義と人道の名のも
とアメリカは、住人の密集する都市に次々と空襲し焼夷弾による灼熱地獄をつくり、寺院、
病院を焼き、女、子供、赤ん坊、病人、老人らを焼き殺し、町を火の海にした。正義と人
道を掲げれば、何をしても両親を痛めず平然と出来るのがアメリカである。


世界の人々は、最初の原爆が軍事基地の広島に投下されたことに注目するでしょう。
それは、この最初の攻撃において、民間人の殺戮を避けたいと思ったからであります。し
かし、その攻撃は、このあとに起こる事態を警告するものにすぎません。もし、日本が幸
福しなければ、軍事産業施設に爆弾を投下せざるを得ず、不幸な事ながら、何千もの民間
人の生命が失われるでしょう。われわれは、予告なしにパールハーバーでわれわれを攻撃
した者たちに対し、また、米国捕虜を餓死させ、殴打し、処刑したものたちや、戦争に関
する国際法規に従うふりをする態度すらもかなぐり捨てた者たちに対して原爆を使用した
ものであります。われわれは、戦争の苦悶を早く終わらせるために、何千何万もの米国青
年の生命を救うためにそれを使用したのであります。
われわれは、日本の戦争遂行を完全に破壊するまで原爆を引き続き使用します。
日本の幸福のみがわれわれを思いとどまれせるでしょう。
8月9日  トルーマンのラジオ報告

参考文献
吉田守男 『京都に原爆を投下せよ』
ロナルド・シェイファー 『アメリカの日本空襲にモラルはあったのか』
荒井信一 『戦争責任論』
桜井よしこ 『直言』
小林よしのり 『戦争論』
小堀圭一郎 『東京裁判の呪い』

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